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今年も一年、ありがとう〜♪♪ー2013年・ちょっと早い振り返りー

教室の壁にかかったカレンダーも、いよいよあと1枚を残すところとなりました。
今年も、またあっと言う間に終わってしまいそうな勢いですが、みなさまいかがでしょうか??

まだちょっと一年を振り返るには早いような気もいたしますが、今年起こったいろいろな出来事の中で、日本中が注目した大きな行事に、伊勢神宮と出雲大社の「遷宮」があったことを覚えておられますでしょうか?

今月のめーるきっずでは、60年ぶりの「遷宮」を終えた、出雲大社のお話をご紹介したいと思います。

2013年、20年ぶりに遷宮したのは伊勢神宮ですが、60年ぶりに遷宮したのが出雲大社です。
「遷宮」とは、神社の正殿を修理する時、あるいは正殿を新たに立てた場合、御神体を従来の場所とは違う場所に遷すことをいいます。

出雲大社は、大国主命が鎮座されていることで有名ですが、もともと国護りをして、島根へこられているので、「遷宮」の本家本元といってもよいでしょうか。

60年ぶりの「平成の大遷宮」が、伊勢神宮よりも、ひと足早くの今年6月10日に終わり、出雲大社においては、島根伝統芸能や出雲神楽や石見神楽をはじめ、能・狂言、舞楽、雅楽などの日本古来の芸能の奉祝行事が開催されました。

中でも、歌舞伎の祖、出雲の阿国は、かつて大国主命を流布するために歌舞伎踊りを踊ったといわれているように、大国主命は八百万の神々の中でも大変人気の高い神様といっても過言ではありません。

日本神話の中でもよく知られているのが『因幡の白兎』のお話です。

これは大国主命の兄、八十神たちが因幡のヤガミ姫に求婚をする為、その御一行の1人に大国主命がお供をしたとき、ワニに皮を剥がれ傷ついた兎を見つけて救ったところ、兎がその御礼に呪力を使って、ヤガミ姫の愛を勝ち取るようにしたというお話です。しかし、大国主命が幸運をつかんだのは良かったのですが、兄たちの嫉妬をかってしまい生命を狙われ、二度死にます。ところが、母神によって二度助けられ、見事に蘇ります。

大国主命が、当時、相当のイケメンだったかどうかはわかりませんが、多くの女性の心をつかむ神様で、上記のヤガミ姫の他、スサノオの娘スセリ姫、越国(現・新潟)の糸魚川のヒスイの精霊ヌナカワ姫、宗像三女神のタギリ姫、コトシロヌシを産んだカムヤタテ姫、ヤジマムジノ命の娘、トリミミ姫と6人もの女性と縁を結ぶというモテモテの男性だったようです。

ところが、これ以上嫉妬をかいたくなかったのか、その本意は定かではありませんが、葦原醜男(あしはらのしこお)という別名があったり、その他にも、大物主神(おおものぬしのかみ)、大己貴命(おおなむちのみこと)、大穴牟遅神(おおなむちのかみ)、八千矛神(やちほこのかみ)、大国玉神(おおくにたまのかみ)、顕国玉神(うつしくにたまのかみ)などといった複数の、いささかややこしい限りですが、たくさんの呼び名を持っていたとも言われています。

その上、大国主命は、中世以降、神仏習合で大黒様「ダイコクサマ」と同一視され、五穀豊穣、商売繁盛の神としても信じられるようになったと言われていますから、もしも、現存していれば大変な騒ぎが、彼の周りで起こっていたかもしれません。

また、少彦名命とコンビを組んで、国土開発事業と農業、医療の指導普及をはかり、国造りをしたとも言われています。
国造りの神であり、農業・商業の神、医療の神、そして縁結びの神でもあるので、遷宮の年は、これからの日本の吉凶を左右するものかもしれません。

私も、60年ぶりにリフレッシュした出雲へ出かけて、開運、招福、良縁祈願にあやかりたいものですが、残念ながら、出雲大社はまだ一度も訪ねたことがありません。

さてさて、世の中、いくら進化をし変わったとしても、人の心が簡単に変わることはありません。 また、いつの時代になっても、ほんのちょっとの悩みや苦しみで、心萎えてしまうことも日常茶飯事です。

人は、なぜ、そんな悩むのか・・・、難しいことはわかりません。
もちろん、これと言った解決の方法があると言うわけでもありません。

ただ、こうして「遷宮」の歴史をひも解いてみると、遠い昔から、我々の祖先たちは、日々の営みの中で、折に触れ、感謝と祈りの心を持って,暮らしの時間を重ねてきたということです。

さまざまに起きる日常の出来事が、自然に感謝へと変わり、またそこから新しい未来へつながっていき、今に至っていると。

先人たちに及ばなくとも、「日々への感謝」の気持ちは忘れないようにしたいものです。

あと残すところ1ヵ月ほどとなった2013年、この先につながる未来に向かってのカウントダウンの日々と真摯に向き合いながら、感謝の心を持ち続けたいと思います。

今年も一年、ありがとうってね〜♪♪

たちのゆみこ