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映画・英国王のスピーチを観てー英国史上もっとも内気な王様の話しー

この映画は、今年のアカデミー賞、最多の12部門にノミネートされ、見事、主演男優賞、作品賞、監督賞、脚本賞を獲得し、さらに主演男優賞部門では、ゴールデンアロー賞も受賞したという英国の実在の王様が主人公で描かれた映画です。

独特な皮肉混じりのイギリスジョークが題材の映画なのかと、最初はそれほど気にもしなかったのですが、4月末に世界中を感動させたロイヤルウエディングの衛星生中継に触発されたり、脚本賞を受賞したデビット・サイドラー氏が、生前のエリザベス皇太后に直接シナリオを見せ、映画化の許可を取った際に、皇太后自身から「たいへんおもしろいから映画化してもいいけど、自分が生きている間は許可しない」と言われ、当時すでに高齢だった皇太后の許可を得られたことですぐにでも映画化が進むと喜んだものの、皇太后がその後2002年101歳まで存命だったために、映画化が具体化した時には、今度は彼自身が73歳になっていたなどと、笑い話のような映画制作秘話を知って、現在の英国女王の父君の存在が知りたくて、興味をもってこの映画を鑑賞しました。

副題にありますように「英国史上、もっとも内気な王」と言われた現在のエリザベス女王の父ジョージ6世は、幼少の頃から「吃音」で悩み、そのために無口で内向的な少年だったのです。闊達な兄と、生まれつき病弱で、てんかんの持病のため13歳で他界してしまった弟との間に挟まっていたことも、映画が進行していく中で明らかになっていきますが、なかでも最も印象的だったのは兄エドワードが、父ジョージ5世の死後、即位から1年も経たないうちに王室が認めない愛のために王冠を捨て、アメリカ人女性との結婚を選んで世界をあっと言わせたというエドワード8世だったのです。兄の突然の退位を機に、望まぬ地位を継承する事になったのですから、ジョージ6世の苦悩は並々ではなかったと察することができます。

そして今回の映画のもう一人の主人公が、吃音で悩む国王に寄り添うオーストラリア人のスピーチセラピストのライオネルです。思いがけない即位を機に、最も苦手なスピーチにはじまり、スピーチに終わる連日の公務のなかで、はじめて信頼できるスピーチセラピストのライオネルとの出会いでしたが、彼のあまりにもユニークな療法にびっくりしながらも、度重なるスピーチの失敗を体験していくうちに、王自身が心からライオネルを必要としていくのです。この二人の間に生まれた奇妙な連帯感は、その後の互いの生き方までをも変えていく深いつながりとなりますが、この二人の経緯については、ぜひ、ぜひ映画をご覧になってみてください!!

この映画のテーマとなる「吃音」については、脚本家のサイドラー自身がその経験を持っており、同じような悩みや課題を持つ当事者の人たちへの敬意を持ってこのテーマに取り組んでいることが、映画のあちこちの場面から感じられるというのも、この映画の魅力でしょうか。

そしてまた、ライオネルと同じような職域から、私もセラピストの一人として、たくさんの共感できる場面を思い出します。

特に治療を受けながら、自身の吃音が5歳からはじまったことをはっきり記憶していることを、はじめて他人であるライオネルに生育歴を回想しながら王が語るシーンでは、厳しかった父から受けた王族としての教育についてだけでなく、王室の古くからの養育のしきたりとして早くから両親と離れ、乳母に育てられた幼少期のことや、自分付きの乳母から嫌われ、兄と比較されることで、乳母からも、兄からも、あからさまないじめを受けていたことに両親が3年近くも気づかなかったことなどが語られていきます。またX脚の矯正のためにと、24時間補装具を付けられていた思春期は、彼にとって苦痛以外の何ものではなかったことなど、結果として、まっすぐに立てるようになったことへの感謝の気持ちよりも、厳格な父親への恐怖心と恨みが交差する複雑な感情を抱えていたことが、憂うつで暗い青春時代だったことにつながっていたことなど、自分を取り巻くさまざまな不安な感情を回想していくのです。

そんなときにライオネルが王に対してかける言葉には、ハッとさせられるところがたくさんありました。

例えば、「治療はお互いが対等でないと成立しません」と、はじめて出会ったときから互いの対等性を王に伝えます。その手始めとして、王に治療中は家族以外の誰からも呼ばれたことのない愛称のバディーと呼ばれることをしぶしぶながら同意させ、その上、ライオネルに対しても「セラピーの先生」ではなく、ライオネルと呼ぶようにと進めるのです。この奇妙な提案に戸惑いながらも、王の治療は進みます。
そしてついに幼児期を回想して苦しむ王に対しても、ライオネルは全く動じず、感情が吹き出すあまりに、生まれてはじめて「クソッ、クソッ、クソッ、、、」と、汚い言葉を連発する王を一切否定せずにすべてを受け止めるのです。互いの「心の声」が響き合い、互いの「心」が見事に開く瞬間とその経緯から、二人の間の信頼の深まりが手に取るように伝わってきたとき、不覚にも私は、ちょっとウルウルとしてしまいました。「セラピーとは〜、治療とは〜、」を、この映画は教えてくれたような気がしたのです。まさしく人には人が必要で、人は人によって救われる、、、の瞬間に立ち会ったような気持ちです。

最後に今回の映画のテーマの「吃音」について、少しまとめて見ようと思います。一般的にみて軽い吃音をもってる方は多いです。ちなみに100人のうち1人は軽い吃音をもってると言います。しかし、なぜ吃音(どもり)がおこるのか、メカニズムがはっきりしていないのも現状です。

心理的な要因があることも確かなのですが、吃音を意識しはじめた人のほとんどが、自分の言葉の非流暢性を意識します。それによって悩んで、また治すための努力をしたあげく非常に心理的な負荷が大きくなり、それによってまた吃音がひどくなります。これを『二次性吃音』といいます。

反対に『一次性吃音』とは『意識してない』状態です。だいたい生後2〜3歳までに起こる一次性吃音は治ると言われています。

しかし、残念ながら大人になったらこの『二次性吃音』が多くなります。それは、「自分でなんとかどもる癖を治したい」「人前でしゃべるときにどもりたくない」などの、心理的負荷によって、ますます吃音が大きくなることが起因です。

おそらく多くの吃音の人が、『小学校で吃りを強制して治そうとすると、ますますひどくなる』というのが二次性吃音だろうと思われます。

本人が一番苦しみ、友人たちの間でもかなりのストレスを受け、治したい、治さなければ・・・のストレスを、言語を発する際に『きちんと話さないと』と、意識することでますます『どもる』ことを増強させてしまう悪循環になっているのです。

結局、治すのがいいのか、そのままがいいのか、今もってわかっていないと言えるのかもしれません。

ただし治療とは、当事者である本人が治療のどの位置に立っているかです。いついかなる場合にも大事なことは、治療を必要とする方が楽になることです。

だからこそ、治療者と患者さんは対等なのです。
ジョージ6世とライオネルが対等だったように……。

いや〜、映画ってほんと、いいですよねぇ〜♪

たちのゆみこ