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日本固有の「馬」のお話

今年の干支は馬。
農林水産省の発表によると、国内では現在、約8万頭の馬が飼育されているそうです。

ところで、「馬」と、私たち日本人のつながり〜なんて普段の生活では、あまり考えたことはないのですが、今年の干支にちなんで、お正月の朝日新聞/土曜版で、「今さら聞けない/日本固有の在来馬」と言う特集記事を見つけました。

今年最初の「めーるキッズ」通信でご紹介しながら、干支の「馬」にちなんで、私たちも颯爽とスタートを切りたいと思います。

それでは今年も、よろしくおつき合いくださいまぁ〜せ!

まず最初に、現在、約8万頭いると言われている日本の馬、そのうちの約半数に相当するのは、明治初期に輸入された「サラブレット」たちです。その一方で、外来馬とほとんど交雑していないのが、在来馬の日本固有の馬たちです。
しかし、これらの馬たちも、今ではその数が約1700頭と、絶滅が危ぶまれる危機と直面しているそうなのです。

記事によれば、日本馬事協会が定める在来馬とは、北海道の「北海道和種馬」と、長野県の「木曽馬」、愛媛県の「野間馬」、長崎県の「対州馬」、宮阜ァの「御崎馬」、鹿児島県の「トカラ馬」、沖縄県の「宮古馬」「与那国馬」の8種だけしか残っていないと言われています。

在来馬の特徴は、サラブレットと比べると馬の体高が大きく違うところです。
サラブレットは、肩までの高さが平均して170センチにもなる大型ですが、在来馬は、平均が140センチと小型なのが特徴です。
調査によると、現存する在来馬としては、北海道の和種馬は1千頭以上はいるようなのですが、ほかの7種では数十〜百数頭しか現存せず、一番少ない対州馬は、すでにその数が30頭以下とも言われています。

歴史をさかのぼってみて、日本人と馬とのつながりを振り返ってみると、農耕馬として人々の生活に入り込んでいた事実が、古くは飛鳥時代の大宝律令にも、日本各地で国が管理する牧場があったことが記録されているそうです。
また、もともと人々の暮らしの中で、馬は家畜として農耕や運搬の手だてとして生活を支え、その役割は非常に重要視されていたのです。

一方で、家畜とは別に、「兵器」としての役割も重要視され、各地の領主たちはこぞって良馬の生産に力を入れるようになったことが日本の歴史を振り返ってみると、史実に度々、馬が登場することでわかります。

例えば、源義経が平家を打ち破った「一ノ谷の決戦」では断崖絶壁を馬で駆け下りたという逸話で有名な『鵯(ひよどり)越えの逆落とし』をはじめ、武田信玄の騎馬軍団など、馬は合戦には欠かさない存在だったとされています。

さて、ここでちょっと気になるお話です!!中央畜産会の説明によると、「テレビドラマなどで武将が、大型馬に乗って颯爽と疾走するシーンがよくありますが、実際はもっと小さな馬だったはずで、史実に基づけば、あんなに格好は良くなかったと思います。」と。

なるほど言われてみると、体高140センチの馬と、170センチの馬では、走っている姿を想像できたとしても、だいぶとイメージが変わります。
今でいうところの、北海道の道産子競争のような雰囲気だったのでしょうか?
甲冑を着た勇ましい武将が、140センチの体高の馬で戦場を走っていたのかと想像すると、歴史もののテレビで合戦の場面をみると、笑えてきてしまいそうなのですが、みなさんは、いかがでしょうか??

さてさて、脱線はこれくらいにして、話を戻しますと、日本の馬の起源はモンゴルと考えられています。

古墳時代の5世紀頃、朝鮮半島から北九州へと入り、日本各地に広がったのが、その起源です。
古墳からは馬の埴輪も多く出土していて、日本中の各地に馬が生息していたことは明らかです。

ただし、日本の場合、海外との交流が乏しかったことで、前述したように、大型外来種との交配は、明治時代になるまで進みませんでした。
その背景となるのは、日清、日露戦争で、日本国内の軍馬の体格や資質が、外国の改良馬に比べ大きく劣っていることを痛感。
この結果、日露戦争終了後に、外国からサラブレットやアングロ・ノルマン、ペルンシュロンといった種馬を輸入し、国内の雌馬と交配することで、優秀な馬種を生み出す計画が軍主導によって進められたのです。

しかし、外来馬種との交雑が急激に進んだことから岩手県の「南部馬」や鹿児島県の「薩摩馬」といった純粋な日本固有の馬が、各地で短期間に姿を消してしまうこととなったのです。

また、皮肉にも日本固有の馬の特徴をとどめる馬の群れが残ったのは、離島など交通の便が悪いところに限られてしまい、さらに、第二次世界大戦後は、急速な「車」社会の訪れとともに、家畜としての役割は減る一方で、ついには1994年には3千頭もいた馬も、この20年間で半分に減ってしまったのです。

ここまでが、日本の馬が激少する要因となったお話しです。

明治維新後には富国強兵の流れに翻弄され、第二次大戦後は機会化の波にさらされて消えていった日本固有の馬たちの歴史を思うと、現存する日本の在来馬の存在は、そもそも日本人が馬と共存してきた証で、それは「文化遺産」と言っても過言ではないでしょう。
このことについて、日本馬事協会の参事は、「これ以上、日本固有の馬たちを失わないためにも、かれらを保護すると同時に、かれらの新たな活躍の場所を見つけなければならない」と、語っています。

普段の生活の中であまり気にしていなかった馬の存在ですが、たくさんの史実にも登場する「馬」と日本人とのつながりを、今回、改めて知ることができました。

小型でおとなしいとされる在来馬の特徴をいかしてのホースセラピーなど、医療や福祉や教育の現場での活躍が期待されています。
「馬」を単なる道具としてだけではなく、命を共有する仲間であり、喜びも悲しみも共に分かち合うパートナーとして関わることがもっとできたら、絶滅の危機を乗り越える何かがきっと見つかるようなそんな気がしてなりません。

今年の干支の「馬」にちなんだ物語は、いかがでしたでしょうか?

在来馬だけでなく、絶滅の一途たどるたくさんの動物たちが、地球上にはたくさんいます。
そのいずれもが、日本の在来馬同様に、人間生活の犠牲となって、絶滅の運命を辿らざる得ないものが多いとすれば、それはとても残念なことです。

共存の証としての「文化遺産」を、もう一度、生活の周りから振り返ってみようかなと思います。

今年の干支の「馬」のように、颯爽と闊歩する一年になりますように。

たちのゆみこ